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現在に理想を想像し満足してはいけない
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僕は都会に行き

家を建てる術を学ぼう。

僕は大工の弟子となり

大きな晴れた空に向つて

人畜の怒れるやうな屋根を造らう。

・・・・・・・・・

僕は人生に退屈したから

大工の弟子になつて勉強しよう。
 
             萩原朔太郎

ずしっときた、すごく何かを駆られる衝動を感じました
というわけで読むことにした本であります

ってまぁ今そういうことじゃなくて
なにかブルーになってるっぽいです
時折自分の存在が悲しくなってくる
自分は世の中にとって
どうでもいい存在だと思う
たいして必要でもなく
ほんのわずかの時間の空間で
人と交流するまるで使い捨てカメラのような
一時的な小さな存在
存在している価値を残せていない。
存在する価値を残していないのに
なぜ存在しているんだろうか
これから未来で存在する価値を
得るのだろうか
ならこの今まで生きてきた
今生きているこの存在の価値はなんだ

無駄な時間ならば永遠に止まっていて欲しい
止まらなければ無駄な浪費しか存在しない
食べ物を浪費し、水やガスを浪費し
成長や社会の変化にともなって衣服を浪費し
さらにはあらゆる些細な事で
他人にストレスを与え、そして与えられ
それでもなお無駄に生き続ける

自分が誰かの人生を変えるほど
偉大な存在だとは思わない
変えれるとも思わない
せいぜい何かを変えるきっかけの存在程度
なのだろう
その程度の小さな存在

ならいっそ死んでしまって
存在を無くしてしまえばいいのかと思えば
そんな単純な存在なわけでもない
小さいが単純ではないのだ

世の中の人達は
何を歓楽に生きるのだろう

鬱な日記でサーセン
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ピープル
私の人生の節目は生命に危険を感じた時と死にたいと思った時である。

今まで誰にも本当の自分を知ってもらえず、
知ってくれる人間も認めてくれるいなかった。
何か言われても言い返すこともできなかった。
その間にも、頭の中で狂った思考が暴れ出し、爆発しそうで、
高い場所に行けば、
ここから落ちたらどうなるのだろうかと
考える日々であった。
思いの内を親に話した覚えもある。
だか意見は来たが
答えにはなっていなかった。

ただこうして生きている意味も分からず、
精神だけが何とか必死に体にくっついている状態だった。

しかしある日、
地獄の底で溺れていた私に手を差し延べてくれた人がいた。分かってくれる人など一生いないと思ってた。希望の光りというのを始めて知った。
始めて見つけた。
私にとってとても大きな存在となった。
そして私は今、
その人に手を差し延べ少しでも支えてあげたいが為に生きている。
だから生きられる。

人間には誰しも二割の敵がいる。
だが、二割の味方がいるというのを
忘れてはならない。
ノー 2008/01/10(Thu)22:40:38 編集
ふむ・・・
本当に単純ではないんだよな・・・

ほんの一瞬
刹那の瞬間でも
誰かに歓楽を与えてあげれば
それは価値のある存在なのかもしれないな
だって存在してなければ
その時の歓楽は与えることが
出来なかったかもしれないんだもんな

つまり何かのために生き
何かと生きることが
小さな人間の存在の中に存在するということ
なんだよな

ノー氏を見習って
修行してきます・・・っ!
京次郎 2008/01/10(Thu)23:18:37 編集
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